とくでん書房

徒然日記です。

たとえば。

たとえば、何か一つのことをずっとずっと一所懸命やったとして、全員が優勝するわけではないし、全員が成功するわけではないわけで。でも優勝する人や成功する人はいるわけで。

その間にどういう線が引かれているんだろう、などと考えるわけで。

たとえば、誰にでも何かほんの小さな何かだとして、飛び抜けた才能があるとして、その才能とずっとずっと一所懸命にやる何かが同じ時にその人は優勝するし成功するのではないかとか思ったりもして。

だとすると、ずっとずっと一所懸命する人にその才能がないとすれば、その努力は虚しいわけで。かといって自分に何の才能があるのかなんか、やらないとわからないわけで。でもイロイロをずっとずっと一所懸命やれる時間もないわけで。

そこにはたぶん運とかもあって、神様がいることもあって。自分ではどうすることもできない部分もあって。理不尽な思いも片隅にあって。

でも、結局みんななにかをずっとずっと一所懸命やっているというこの世界。

控えめに言ってすばらしいです。

 

 

 

Versus

「これ聞いてみて」

 

そういって渡されたのは、Mr.Childrenの「Versus」というアルバムでした。放課後、太陽が名残を残す頃、渡したのは同級生の女の子。少し背の高い、いつも明るい子でした。

高校3年生の卒業も押し迫ったころだったと思います。

 

それが私がミスチル好きになるきっかけになるのですが、今でもVersusを聞くと淡い恋心とともに思い出します。

ぼやけた境界線

 

一番暗いのは夜ではなく日が沈みうす暗くなった時間だ。

 

真っ暗の中での車のライト、外灯、看板。

この田舎でさえも夜の黒と光の対比は明るさを感じさせる。

まだ黒ではない時間、沈んだ太陽の名残に押され車のライトも外灯も同じ明るさのはずではあるが明るくない。

 

少年は目が悪かった。

一日でもっとも暗いこの時間が嫌いだった。

目が悪いものにとってこの時間が一番ものの境界線がはっきりしないからだ。車の形も人の形もはっきりしない。

光が足りない。光が足りない。

境界線がはっきりしない状態は少年をいらいらさせた。

 

眼鏡をかけるようになり、そして大人になっても境界線でモノを見てしまう癖は抜けることがなかった。

 

 

 

平成をふりかえると現れるもの

「じゃあな」

 

後ろから不意に声をかけられた。

クライアントからのクレームに頭を抱えていた僕はめんどくさそうに、

「ああ。」

と振り返らずに机に言った。

 

本日付けで退職する平成君だった。

 

「令和さーん、お客様ですよ。」

営業事務の女性がこちらを向いて言った。

例のクライアントか、とめんどくさそうに顔を上げ僕は立ち上がった。

 

 

 

というわけで。

平成最後の日なのでブログを書きながら自分の平成をふりかえってみます。

・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・・・・

 

皆さん、ふりかえってはいけません。

ふりかえると、いい思い出だけ思い出せるわけではありません。

いや、むしろいい思い出はあまり思い出せません。

 

一番思い出してしますのは、

恥ずかしかったこと。

 

わたしだけ・・・?

 

あんなことを言ってしまった、とか、

あんなことしてしまった、とか。

 

そしてブログも決してふりかえってはいけません。

 

恥ずかしいことも書いてます。

 

わたしだけ・・・?

リベンジ

出なかった。

 

また出なかった。

 

小学生のときに埋めたタイムカプセル。

三年ほど前に掘り起こそうとしましたが出ず。

リベンジということで7名で掘りました。

 

約4時間掘りに掘りましたが、出ませんでした。

 

掘り始めは、テンションも高く、出た後の話なんかを不毛にもしていました。

しかし

埋めてから約30年というタイルカプセルを掘ろうとするには絶望的な時間との戦いは敗れ、我々は白くなり、さらに天からは雨が。

 

もう無理だ。

 

一人また一人と気持ちが折れていく中、一人の女性だけが前向きにひたすら掘っていました。

その姿に触発され、再度クワをもち、土に向かう。

 

こと30分。

 

完璧に打ちのめされた感じでリベンジは終わりました。

 

もう人間の力だけでは無理かもしれません。

目の前の土を見ながら思いました。

ゼルダの伝説

基本的なことから言うと

向かって右側の主人公の男、ゼルダではありません。

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ゼルダは左の女の人です。

そう、ゼルダ姫。

男の方はリンクです。

まじか、ゼルダ発売からたぶん数十年、ずっと男がゼルダだと脳内に刷り込まれた私には違和感しかありませんでした。

いやゼルダってなんか男の人の名前っぽいやんって。※個人の感想です。

 

昔からRPGは好きでした。

ドラクエファイナルファンタジースーパーファミコンまで全部やってます。

 このゼルダの伝説ですが、私の記憶が確かならば、ドラクエなんかの少し後からシリーズ化されたと思います。

なので、結構老舗です。

でも、なぜか一度もやろうと思いませんでした。

理由はよくわかりません。まあアクションRPGなのでちょっと手を出しづらかったのかもしれません。

 

そして結局手を出さないまま、一昨年SWITCHを買いました。

基本的に子供たちがスプラトゥーン(トゥーンの変換はTWU-NNです。)なんかをしていたんですが、私もなんかやってみようかなと、ネットでソフトを物色していると、その中にゼルダの伝説 ブレスオブワイルドがありました。

レビューを見るとびっくりするほどの好レビュー。

半信半疑で買ってみました。

 

楽しい。

移動すら楽しい。

例えば町から町までのただの移動とか結構めんどくさいですよね。

でもそれすら楽しい。

面白いじゃなくて楽しい。

爽快な感じ。

 

なんだこの感覚は。

 

初めに書いたゼルダという名前の違和感など吹っ飛びました。

 

いやゼルダって女の人の名前っぽいやんって。

暇つぶし

暇つぶしに、人生は究極の暇つぶしということについて妄想してみます。

 

この言葉、Twitterでよく見受けられます。

発信しているのは、だいたい仕上がった人だと思うのですが、総合的に勘案して羨ましいです。

 

反論もあると思いますが、人生を究極の暇つぶしと思えることは人類が行き着く頂きではないでしょうか。

自分の欲望を満たすことが困難なくでき、将来に対する安心も担保され、安定した精神状態で生活できる。

 

控えめに言って最高です。

 

そんな生活なんの刺激もない、的なことを感じる人もいるでしょうか。

 

でも、いろんなチャレンジをしたのちに行きたく先はそこなんではないでしょうか。

 

結局のところ人生は暇つぶしということでしょうか。