何も言わず語りかけている。
いや、見守っているという表現の方が近いのかもしれない。
取引業者からもらったものだろう、裏に会社名の入った何の変哲もないどこにでもあるカッターナイフ。値段にすると200円程度だろう。
瓦職人の私のなかで、道具の中では取り立てて重要視していない道具だ。
よく無くしものをする私のなかで、無くなっても特に気に留めない道具だ。
でもなくならない。
今まで何度もカッターナイフを買っているはずだ。
でもなくならない。
まるで、私が職人として一人前になるのを見守っているかのように。
その時がくるまで決して離れないという意思があるかのように。
そのカッターナイフはある人から頂いたものだった。頂いたという大袈裟なものではなく、現場で少し借りた時に、「やるよ」と言って渡されたものだった。
亡くなってから10年。そのカッターナイフは今も何も言わず語りかけてくる。