その男は立ちすくんでいた。
自分の人生を構成しうるいくつかのものをたった今、失った。
失ったといえばまだ救われるのかもしれないが、実際は自ら、捨てた。
バブルも終わり、就職氷河期という言葉もずいぶん定着したころ、その男はサラリーマンという至極平凡な一歩を社会に踏み出した。
特に望んだ仕事ではなかったが、社内の人間関係にも恵まれ、大多数の平凡な社会人として溶け込んでいた。
そして結婚もして、男の子も1人授かった。
そう、着実に人生を構成する要素を増やし、
そう、これが幸せなんだろうと、男は理解していた。
その時に気付くべきだったのかもしれない。
しかし、もう、遅い。
了