とくでん書房

徒然なるままに日暮し

記憶③

大いに困惑した。

 

いや、俺の妻なのは確かだし、そこはその通りなんだが、随分若い。それに隣にいる子供は俺の少年時代にそっくりだ。

そもそも俺に子供はいない。

 

ちょっと後ずさりながら発した言葉は、

「シンジ、気に入ったペンはあったか」

だった。

頭の中で言おうとした言葉ではない。

それに子供の名前をなぜか知っている。

 

目の前の2人は怪訝そうな顔をしていたが、

じゃあ帰ろう、という俺の言葉で歩き出した。

 

何をどう聞いたらいいのかわからないまま、口だけは勝手に会話を続けていた。

会話は違和感なく、そして子供や妻は笑いながら対応している姿を見ると俺は俺であっているようだ。

 

もしかして今までの記憶が間違っていたのか。

そう思えるほど俺たちは自然だった。

学校の話、妻の職場の話、全部俺の口は知っていた。頭の中では何も知らないのに。

 

どうやら自宅が近くなったようだ。

俺はもう俺の口に従い新しい生活を受け入れようと思いだしていた。

 

そして、それを決意して、口に勝手に話させず、自分の口で、改めて子供の名前を呼んだ。

 

「シンジ、もうすぐうちだな」

 

 

そこに子供と妻はいなかった。

記憶②

妻、いや正確に言うと今よりも若い妻らしき女性は、俺、正確に言うと小学生の俺らしき少年と持ってきたペンを見ながら何やら話をしているようだ。

 

ちょっとまて、じゃあ、あの女性の旦那は誰だ。

俺は今ここにいる。いや、小学生の俺もそこにいる。誰だ。

俺は道を挟んだその文房具店の中をガラス越しに探した。

その女性はレジの方へ歩いて行ったが、どうやら旦那らしき人物は見当たらない。

 

たった4間の幅、道を渡って文房具店に入ればはっきりするのだが、足が震えてその場から動くことができなかった。

 

レジを済ましたその親子は笑いながら店を出てきた。

2人だ。旦那はいない。

 

2人は目の前の横断歩道を渡ろうとしている。

自分の心臓の音がはっきりと聞こえる。

12m

8m

2人の顔がはっきりとわかる。

やはり俺だ。妻だ。

 

心臓の速さがますます上がっていく。

 

このままでは、俺の横を通ることになる。

やばい。でも足が動かない。

 

やばい。

 

ついに目の前まできた2人はなんと俺の前で立ち止まった。

そして女性が言った。

 

 

「おまたせ、あなた」

 

 

記憶

たしか雨が降っていたはずだ。

 

いや、そこまで記憶が曖昧なわけではない、酒だってそこまで飲んでいなかったはずだ。

でも、その時俺は傘をさしていなかった。

傘もささず、道向かいの文房具屋のガラスの向こうの少年をずっと見ていた。

 

俺か、、、

いや、もちろんそんなわけがない。

しかしその少年の顔、仕草は自分のそれにそっくりだった。あの独特な立ち方、少し下を向いた猫背。さらに、あの服は俺が小学校のときに気に入っていつも着ていた服だった。

 

その少年はペンを試し書きしていたが、一本選ぶと母親らしき女性の方へ歩いて行った。

俺は自分の足が震えるのがわかった。

 

その女性は俺の妻だった。

たとえば。

たとえば、何か一つのことをずっとずっと一所懸命やったとして、全員が優勝するわけではないし、全員が成功するわけではないわけで。でも優勝する人や成功する人はいるわけで。

その間にどういう線が引かれているんだろう、などと考えるわけで。

たとえば、誰にでも何かほんの小さな何かだとして、飛び抜けた才能があるとして、その才能とずっとずっと一所懸命にやる何かが同じ時にその人は優勝するし成功するのではないかとか思ったりもして。

だとすると、ずっとずっと一所懸命する人にその才能がないとすれば、その努力は虚しいわけで。かといって自分に何の才能があるのかなんか、やらないとわからないわけで。でもイロイロをずっとずっと一所懸命やれる時間もないわけで。

そこにはたぶん運とかもあって、神様がいることもあって。自分ではどうすることもできない部分もあって。理不尽な思いも片隅にあって。

でも、結局みんななにかをずっとずっと一所懸命やっているというこの世界。

控えめに言ってすばらしいです。

 

 

 

Versus

「これ聞いてみて」

 

そういって渡されたのは、Mr.Childrenの「Versus」というアルバムでした。放課後、太陽が名残を残す頃、渡したのは同級生の女の子。少し背の高い、いつも明るい子でした。

高校3年生の卒業も押し迫ったころだったと思います。

 

それが私がミスチル好きになるきっかけになるのですが、今でもVersusを聞くと淡い恋心とともに思い出します。

ぼやけた境界線

 

一番暗いのは夜ではなく日が沈みうす暗くなった時間だ。

 

真っ暗の中での車のライト、外灯、看板。

この田舎でさえも夜の黒と光の対比は明るさを感じさせる。

まだ黒ではない時間、沈んだ太陽の名残に押され車のライトも外灯も同じ明るさのはずではあるが明るくない。

 

少年は目が悪かった。

一日でもっとも暗いこの時間が嫌いだった。

目が悪いものにとってこの時間が一番ものの境界線がはっきりしないからだ。車の形も人の形もはっきりしない。

光が足りない。光が足りない。

境界線がはっきりしない状態は少年をいらいらさせた。

 

眼鏡をかけるようになり、そして大人になっても境界線でモノを見てしまう癖は抜けることがなかった。

 

 

 

平成をふりかえると現れるもの

「じゃあな」

 

後ろから不意に声をかけられた。

クライアントからのクレームに頭を抱えていた僕はめんどくさそうに、

「ああ。」

と振り返らずに机に言った。

 

本日付けで退職する平成君だった。

 

「令和さーん、お客様ですよ。」

営業事務の女性がこちらを向いて言った。

例のクライアントか、とめんどくさそうに顔を上げ僕は立ち上がった。

 

 

 

というわけで。

平成最後の日なのでブログを書きながら自分の平成をふりかえってみます。

・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・・・・

 

皆さん、ふりかえってはいけません。

ふりかえると、いい思い出だけ思い出せるわけではありません。

いや、むしろいい思い出はあまり思い出せません。

 

一番思い出してしますのは、

恥ずかしかったこと。

 

わたしだけ・・・?

 

あんなことを言ってしまった、とか、

あんなことしてしまった、とか。

 

そしてブログも決してふりかえってはいけません。

 

恥ずかしいことも書いてます。

 

わたしだけ・・・?