「おーい、ボール取ってくれ」
少年に声をかけたのは、日焼けで真っ黒の顔をした高校生だった。
少年はボールを手にとると、予想よりもずっしりと重い、その硬球を投げ返した。
河川敷のグラウンドでは、毎日近くの高校生が野球の練習をしている。
この高校のグラウンドは狭く、強豪で部員数が多いサッカー部の専用グラウンドなっていた。
そのことを少年は知っていた。
ボールを投げ返した少年の顔も、どこか気の毒そうな顔をしていたに違いない。
来年入学予定のこの高校、少年はサッカー部に入る予定になっていたことも、しぐさに影響を与えたのだろう。
高校に入ると、サッカー推薦で入った少年は、夏ごろからレギュラーとして活躍していた。
周りからの期待も感じ、常にチームの中心で、仲間も多く、
少なくとも高校時代の部活動においては、充実した生活を送れることは少年も確信していた。
毎年1回戦負けの野球部は去年のあの時と同じように河川敷グラウンドで練習していた。
「おーい、ボール取ってくれ。」
少年は、転がってきたそのボールを
もう拾おうとはしなかった。
了